公平なギャンブルがあるのか?

結論から言うと「ない」。
そもそも公平であってはギャンブルではない気もするし。胴元が損をするなら続かない。


まあ、個人的な話としてサラッと聞いて頂きたいんですが。
宝くじの類に希望を持つ人は多いし、頻繁に話題にも挙がる。みんなお金欲しいんだよね。そりゃそうだ。しかし当方は「宝くじが信じられない」。あの膨大な発売枚数の中に「当たり」が「絶対に入っている」と誰が証明できる? チョコバットガリガリ君を箱買いするレベルの話じゃないし、これを証明するのは国家レベルでも無理なはず。
あくまでもシュレディンガーの猫じゃないかと言われればそうかもしれない。でも俺は信じられない。疑心暗鬼過ぎるかもしれないけど「当たりくじの引き換えに現れない人が毎年X人以上います」的なアナウンスすら疑わしい。
まだtotoはいい。スポーツの結果を誤魔化すのは困難だろうし、totoを買うことでサッカーの振興に協力できるならそれ目的で参加するのも悪くない。もちろん宝くじにも地域振興や特定財源、寄付などの名目が加わる場合もあるけど、それ目的で宝くじ買う人なんているの?
同様の視点で見れば、オッズの変動が可視化されていて、目の前で結果が出る各種公営ギャンブルの方が信じられるってもんだ。(あまり行かないけどオートレースは見るの好きだったり。)
金を賭けるなら、結果が出るまでの間を存分に楽しみたい。極端な話、真剣に楽しめたなら増えなくてもいい。
「金を出して楽しむこと」全てが娯楽であると解釈すれば、俺にとって宝くじは娯楽ではない。


経済は「搾取されてる」と気づかせない奴の勝ちだ。
そんなわけで、少しでも「搾取されないため」に今後宝くじは買わないことにしたいと思います。



なぜ人は宝くじを買うのだろう 改訂版―確率にひそむロマン (DOJIN選書 3)

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